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3年目の看護師が転職して味わった屈辱

「何このやり方は!」

新人クンが怒られていた。

うわっ
流石にそれはダメだろってやり方だった。

よしっ
先輩の実力を見せてやろう、と調子に乗ったのが運の尽き。
「こうやるんだよ」と教えてあげたら、どうやらそれも間違っていたらしく、新人クンと並んで叱られる看護師3年目。

「看護師は叱られるのも仕事のうち!」
「お互い元気出そう!?」

後輩クンの憐れむ目線が痛い。

私が転職したのはそんな時期だった。
アットホームな小さな病院から、大学病院に移った。

転職サイトに登録したら、優しそうなお姉さんから電話がかかってきて、希望を伝えたらあれよあれよと転職先を探してくれたんだけど、もうすげぇ腕前。

「え?◯◯大?ウソですよね?」

って聞いちまったもん。
すごい病院を見つけてくれて、面接対策もしてくれて、おんぶにだっこで気が付いたら内定出てた。

「ホントに私が入職するんですか…?」

って聞いちまったもん。
内定出た後に。

それで配属されたのが外科系の急性期。

ここがマジヤバい。
右も左も分からない。
マジ別世界。
未来にタイムスリップしたのかよって錯覚するくらい。

廊下でウロチョロするしかなかったね。
ナースステーションは怖いし、病室は患者さんの質問に答えられねーし。

その姿を見てた師長が言ったわけ。

「あー…、はいはい、山田さんはあれだね、あれ。新人研修に参加してみるかい?」

いやいや。
私はこう見えても3年目の看護師ですから。
そんな新人さん達と同じ研修なんて、今さらさすがに。
プライドもあるわけで。

でもね。
自分でもびっくりしたんですよ。

「はい!」

って元気よく返事が出てきたんですから。

まあ怖かったんですね。
単純に。
さすがに断れない。
しょうがないです。

肝心の研修はすでにある程度進んでて、そこに途中参加する形。

あー、今5月ですからね。
中途半端な時期でした。

そうなると講習前に挨拶がある訳ですよ。

新人さん達がズラッと座っている講義室。
ガラッと扉を開け、教壇に立つ講師。
シーンと静まりかえる教室。

その横に並ぶ私。

「え?あいつ誰?」

50人全員がこっちを見たね。

「今日から山田さんも加わるから。みんなよろしく」

「よろしくお願いします!!!」

みんなすげー元気。
声もそろってて、練習したのかよってくらい。
ヤバいところ来ちゃったと思ったよ。

で、さっそく研修が始まるんだけど、いきなりのグループワークから。

しかもグループは既にできている。
きっつー。
ウロチョロする私。

「あー…、はいはい、山田さんはあれだったね。じゃあこっち入って」

どこかで見た光景だなと思いつつ、「よろしくねー」とあいさつを済ませて輪に入る。
グループワークは班に分かれて「インシデント予防を話し合おう!」みたいなやつだった。

「じゃあレジュメ見て、班ごとに進めてー」
「進行は各班の先輩講師に聞いてくださいー」

先輩講師って誰だ?
なんて思ってたら全員がこっちを見るわけ。

え?
何?
私何かした?
何か付いてる?
え?

まあアレですよ。
班の全員が私を先輩講師だと思ってるわけです。
キラキラした目で、シュッと姿勢を正して、全員が私に注目してるわけですよ。

イヤー気持ちいいよね。

「まずはインシデントの原因解明からだと思うのですがどうでしょうか?」

向かいに座った、いかにも仕事のできそうな綺麗系の新人ナース君が発言して、私に意見を求める目線を送ってくるわけ。

うんうん、そうだねそうだね、と答えたら、後は新人クン達が意見を出し合って、まとめて、分析していくわけ。司会進行とか、書記とか自然に決まって、みんな率先して発言するわけよ。
いやー。すごい。若い。積極的。

それで事あるごとに私に同意を求めてくるわけ。
先輩!先輩!って。

いやー。調子に乗ったよね私も。
あれこれ語っちゃったよね。
臭いセリフも。
結果には必ず原因がある、とか当たり前のことをドヤ顔で。

「遅れてごめーん。話どこまで進んでますー?」

そしたら突然、誰かが班に入ってくるわけよ。
なんだー、遅刻かよー、15分も経ってるよー、なんて思ったけど、すぐにピンときたね。

だって全員がこっちを見たから。

「え?じゃあこいつは誰?」

もうね、地獄。
みんな口には出さないけどふつうに地獄。
自己紹介したかったけど、時すでに遅しだったね。

新人研修は2週間ほどあったんだけど、ずっと浮いてた。
いじめだね。
訴えたいね。
マジでトイレでお昼食べたから。
看護師辞めたくなったね。

運命の時

研修のラストは、それぞれの配属先で成果を披露するわけよ。
ナースステーションの片隅に、先輩方に集まってもらって。

1年目の新人看護師たちが、レポートにまとめて発表するわけさ。

でもね。
先輩方は興味ないわけ。
新人のレポートなんて、つまらないわけさ。
苦痛なわけさ。
あくびしたり、爪いじったりするわけさ。
ナースコールが鳴ろうものなら、我先にと急ぐわけさ。

そんなこんなで、1時間くらいで全員の発表が終わって、さぁ解散だーってとき。

「じゃあ、山田さんも何かやっとく?」

悪魔の一言。

はぁーー?
先輩方、明らかに不機嫌そうなわけ。
そもそも私は途中参加だったし、正確には新人でもないから、発表はなしだったわけ。

それをいまさらやれと?

いやいや。
百歩譲って事前に行ってくれれば準備もできたけど、流石に即興じゃあねぇ?

「タケシどうですか?」

え?
タケシ?
え?誰?
なに?

「あーーー、そうね…。うん…。いいわね!タケシ!お披露目できるし丁度いいわ!」

そう言って出てきたのが最新タイプの高機能心肺蘇生訓練人形。

通称「タケシ!」

研修で使っていたハナコとは違い、かなり本格的な人形のタケシ。
顔がリアルになっただけではなく、蘇生次第で本当に生き返るし、本当に死ぬという、超高機能。

そのタケシを使って研修の成果を見せろと?

正直、悪くはない。
なんせ私は、研修中にハナコを何度も蘇らせてきた。
落ちこぼれだった私だが、蘇生だけは得意だった。
「蘇生の山田」と講師陣に言わしめたことすらある。

「わかりました!」

できる!
私ならできる!

私がモチベーションを上げる中、着々と組み立てられるタケシ。
そんな非日常の光景が目を引いたのか、集まってくる病院関係者。

タケシの初披露とも相まって、20人以上の人だかり。

その中心にはタケシと私。
他の新人看護師たちは、すでに他人となり周りの輪に加わっていた。

誰も助けてくれない。
信じられるのは自分のみ。
絶望的な状況。

でも…。
大丈夫。
そう。私は誰よりもハナコを上手に生き返らせてきた。

その実績が…
ある!

「それじゃ始めて!」

声が聞こえますかー!
大丈夫ですかー!

まずは声掛けでタケシの意識を確認。

ダメだ。
意識がない。

胸部の動きを見る。

ダメだ。
動きがない。

胸鎖乳突筋に指を当てる。

ダメだ。
脈がない。

胸骨圧迫します!(心臓マッサージね)

ストン、ストン、ストン
無駄のない流れるようなムーブ。

完璧。
100点満点。
教科書通り。

周囲からは羨望のまなざしすら感じる。

これは…。

イケる!

私の手技は通用する!
タケシだろうが関係ない!
私イケてる!

「早いです。リズムを遅くしてください」

え?
だ、だれ?
だれよ今喋ったの!?

「遅いです」
「早いです」
「弱いです」
「強いです」

タケシって喋るのぉぉぉぉぉーーーーー!?

しかもうるせー!
注文こまけーー!
オマエ意識ない設定だろーーー!

まさかタケシが喋るとは。
しかもかなりの神経質。

「遅いです」
「早いです」
「弱いです」
「強いです」

だあぁぁぁああぁぁーーー!!!!

「蘇生を続けてください」
「蘇生を続けてください」
「蘇生を続けてください」
「蘇生を続けてください」

ちょっと待てー!
休ませてー!
考えさせてー!

やばい。
やばい。
どうしよう。
どうしよう。
頭真っ白。
パニック。
オワタ。
オワタ。
マジオワタ。

「胸骨圧迫、替わります!」

え?
し、師長?

「バックバルブマスク持ってきて!」

は、はいぃー!よろこんでぇー!!!!!

「人工呼吸します!」
「119番連絡しました!」
「脈、再確認します!」

み、みんなぁ…。

「5分経ちました、急いでください」
「5分経ちました、急いでください」
「5分経ちました、急いでください」

「AED来ました!」
「離れて!」
「心マ続けて!」

「ピッー、ピッー、ピッー、心拍が回復しました」

目を開けるタケシ。

うおぉぉおぉぉぉーーーーーー!!!!!

歓声と拍手が溢れるナースステーション。

「まだ終わりじゃないよ!」
「ストレッチャー持ってきて!」
「イチ、ニチ、サン、ハイ!」

最後まで手を抜かない師長と先輩達。
みんなあの研修を受けたのだろうか。

「はい終了ーー!!!」
「おつかれさまーー!!!」

みんな汗だく。
みんな拍手喝采。
わたし色んな汗でぐちゃぐちゃ。

いつのまにか30人以上のスタッフが集まっていた。
騒ぎを聞きつけた患者さん達も集まっていた。

異様なまでの一体感。

こうして私の新人研修は終わった。

その後、私は「タケシが初めて見た人間」として、ちょっとした有名人になった。
ヒヨコか…
それに正確には、タケシが初めて目にしたのは師長だったと思うが…。

まあいい。
タケシのことを一番わかっているのは他の誰でもなく、私なのだから。
なんとなくそんな愛着が沸いていた。

・・・・

しかしこの話には続きがある。

その後のタケシは高機能がゆえに繊細すぎて、故障を繰り返しては修理に出されていた。
ン十万の高額な修理費。
愛想をつかす経理部。

そしてついにお蔵入りが指示されるのだった…。

しかし話は終わらない。
お蔵入りとなったタケシだが、その大きさゆえにどこに置いても邪魔者扱いされ、最終的には仮眠室に放置されていた。

不憫なタケシ。
でも私はそれでもいいと思った。
仮眠室に行けばいつでもタケシに会える。
それだけで幸せだった。

夜中ベッドで寝返りをうてば、2メートル先に体育座りをしたタケシと目が合う。

いやぁぁあっぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!

マジでこえぇ!
タケシの真顔マジやべぇ!!
暗闇に浮かび上がるタケシまじこえぇ!!!

それは他の人達も思うところだたらしく、タケシは様々な怪奇な噂をまき散らし、程なくしていなくなった。

再開

タケシが居なくなって5年後。
私は色々あって転職することにした。

転職サイトに登録したら、また優しそうなお姉さんから電話があって「金!楽!休み!」と無理難題を吹っかけたら、本当に見つけてきて、とんとん拍子に転職することになった。

給料は上がるし、勉強から解放されたし、仕事量もほどほどだし、希望の日に休める!
サイコー!

しかも予想外の出会いがあった。

え?
タ、タケシ?

私達は再開した。
タケシは確かにそこにいた。

「へー、そんなことあったんだ」
「じゃあ山田さんに新人研修の講師やってもらおうかな」

講師か…。

まんざらでもない。
新人達から浴びせられるあの羨望の眼差し。
正直、またあれを味わいたいと思っていた。

先生!
先生!
山田先生!!!

おー!
いいじゃないか!
いいじゃないか!

ぜひ!

そして研修当日。
タケシは思い出させてくれた。

「遅いです」
「早いです」
「弱いです」
「強いです」

こまけえぇぇぇぇぇーーーー!!!!