6年目の私が看護師を辞めた理由。辞めたい理由は毎年違った
T.Aさん(女性・看護師・20代)
NICU3年、産婦人科3年
私は新卒で関西の某大学病院に入職しました。
新卒からの6年間は本当に辛い日々でした。
毎日のように辞めたいと思っていました。
そして本当に看護師を辞め、一般職として働き、そして今は…。
この経験が「看護師を辞めたい」と悩んでいる方のお役に立てるのでは?と思い、記事を書くことにしました。
興味がある方に読んでいただければ嬉しいです(^^)
1年目の辞めたい理由
1年目は新人研修から始まりました。
大学病院だったので、同期が50人以上いて、今も付き合いがある友達が何人もできました。
課題は多くて大変でしたが、学校の延長のようで居心地も良く。
配属先が決まった時は、みんなで泣いたり笑ったり、励ましたり慰められたり。
この頃は毎日が楽しかったですヽ(^o^)丿
でも6月、正式に配属されてから状況が一変。
1日に何度も怒られる毎日。
質問すると「何でそんなことも知らないの!」と怒られ、聞かないと「知らないなら聞いて!」と怒られ。
そのうち行動するたびに「何やってんの!?」「それやる必要ある!?」「いいからそっち行ってて!」と怒られるように。
何をするのも怖くなり、病棟の片隅でコソコソしていた時期です…。
そのためなのか「全然成長しない」「ダメな新人」「性根が腐っている」と言われるようになり、自信がなくなっていた時期でもあります。
私が至らないのは重々承知しています。
トロいほうですし、要領も悪く、頭も悪いです(+_+)
同期達は、みんな楽しそうな様子。
なんで私だけ…、惨めすぎる…、どうしたらいいの…、分からない…、もう嫌…、マジ無理…、辞めたい…
1年目は毎日辞めたいと思っていました。
(楽しそうな同期達。私は中央の奥。ほぼ映っていない)
2年目の辞めたい理由
私は2年目も怒られる毎日でした。
特に辛かったのは、新卒の子の前で叱られた時。
惨めすぎて、涙をこらえるのに必死で、こんな私にもプライドがあったのだなと思いました。
1年目に比べれば怒られる事は減りました。
でも怒られない方法を身に付けただけです。
看護師としての成長は遅かったと思います。
新卒の子達からは全く頼りにされず…。
私が教えても、他の先輩に再確認へ行くのはよくある光景でした。
でも一番ショックだったのは、点滴処置でちょっとしたトラブルになったとき、すぐ隣に私がいたのにもかかわらず、ナースステーションの先輩を頼って走った新卒の子です。
先輩からは「あなた近くにいたのに何やったの!?」と。
まさにその通り…。猛反省すべきです…。
自分の不甲斐なさゆえです。
看護師として一人立ちできるよう、もっと頑張らなければ!
そうやって自分を奮い立たせるのですが、やはり心はチクチクと痛むもので、こんな私でも傷つくんだなと思いました。
2年目は私の中にあった小さなプライドがズタボロになった年でもあります。
毎日辞めたいと思っていました。
(2年目研修の時。正気が抜けた私。同期が撮影していた)
3年目の辞めたい理由
3年目にもなると、業務をそれなりにこなせるようになりました。
後輩からは相変わらず空気扱いでしたが、自分が少しずつ成長している実感もあり、気分的にはそこまでの落ち込んでいませんでした。
安定してきた日常を楽しむ余裕もあったと思います。
しかしその平穏はある日を境に一変…(-_-)
中途採用の方が入職してからです。
彼女は私と同じ3年目。
彼女は非常に優秀なナースでした。
とても勉強しているようでした。
真面目で頑張り屋で、嫌な顔一つせず何でもテキパキこなしていきます。
私が3年かかって覚えた一連の業務を、1ヵ月マスターしたり。
私と同じ3年目なのに、知識とスキルには大きな差がありました。
もちろん実力は彼女が上です。
でも病院の指揮系統は、実力ではなく、入職順のルールでした。
つまり立場上は、私が上で、彼女が下となるのです。
彼女は事あるごとに私に指示を求めてきます。
でも私が判断するより、彼女が判断する方が明らかに的確です。
私が判断したことで、彼女まで叱られる事がありました。
後輩たちは、私よりも彼女を頼りにしていました。
主任や先輩からは「〇〇さんはできるのに」「〇〇さんを見習って」と、比較されることも多く…。
私は全てにおいて負けていました。
何一つ勝てないのです。
それを自覚した時、小さな成長で喜んでいた自分がとても恥ずかしくなりました。
3年目の後半は、自分が劣っている存在だと思いしらされた時期です。
無力な存在だと気が付きました。
毎日辞めたいと思っていました。
(ちなみに彼女は人柄もとても良い方です。悪い方ではありません。こんな私にも唯一対等に接してくれました)
(当時のアパート。休日は何もする気力が無く、暗くなるまでぼーっとしてた)
4年目の辞めたい理由
私は4年目になってもパッとしませんでした。
半分空気のような薄い存在です。
でも仕事は回ってきます。
4年目からは委員会にプリセプター、その他色んな担当が割り当てられました。
もちろん適任者は、私ではなく、中途採用の彼女だと思います。
しかしこの病院は、入職順に役職が決まるルールです。
私は実力がないにもかかわらず、立場上は中堅ナースとなりつつあったのです。
4年目はとにかく激務でした。
日常業務に加えて、色んな雑務が舞い込んできます。
残業は当たり前でしたし、休日でも仕事が残っていれば出勤しました。
それが1ヵ月続き、2ヵ月続き、半年続き…。
「もしかしてずっとこの生活なのでは?」
4年目は職場と自宅の往復の日々に、将来の不安を感じた時期でもあります。
(病院横の飛び出し坊や。彼も頑張っていた…)
5年目の辞めたい理由
5年目は先輩方が一斉に異動と退職をしました。
その結果、私にチームリーダーが回ってきたのです。
しかも曜日によっては、主任の代理業務まで任されることに。
とはいえ「任されたからには頑張ろう」と前向きに思っていました。
看護スキルは標準以下ですが、それなりに身に付けてきたつもりです。
師長や主任からも「あなたなら大丈夫」「私たちもフォローするから」と言っていただけていました。
「やってやろう!」そう思っていました。
でも現実は甘くなく…。
チームは、発足後すぐにバラバラでズタボロ状態に。
人間関係は最悪でしたね(TоT)
チーム員がみんな仲悪いのです…。
お互い口もきかず、目も合わせない。
しかも誰も私を頼ってくれないし、私の指示も聞いてくれているようで、聞いてくれません。
大事な業務連絡ですらあやふやになっていきます。
「〇〇さんの机にメモを置いておきました。〇〇さんの確認ミスです!」「なんで直接言ってくれなかったの!」「メモくらいしっかり見てください!」とインシデント直前のミスで大げんかもしました。
でも私にはそのもめ事を解決する力も、チームを立て直す力も無かったのです。
_| ̄|○
そんな状態で9月にチーム員が2名退職(TT)
仕事量も増え、業務がさらに激化することに。
師長からは「期待外れだったわ…」とため息をつかれ、主任からは「だから言ったのに…」と舌打ちされ、チーム員からは「ホントこのチーム嫌…」と言われ、精神的に本当に厳しい時期でした。
私は胃痙攣を頻発して、体重が激減。
この頃には、仲の良かった同期のほとんどが転職しており、孤独感も強くなっていました。
5年目は身も心も疲れ果てる結果に。
もう辞めようと決意したのもこの時期です。
私は看護師に向いていないと自覚した時期でもあります。
(買い漁った求人誌だけが、心の安らぎだった)
6年目
私は6年目を前に退職。
看護師を続けるか、それとも辞めるかは本当に悩みました。
そして・・・。
ついに看護師を辞めました。
( ノД`)シクシク…
普通の仕事を転々とすることに。
一例をあげてみます。
・コールセンター
離職率が非常に高かった。クレーム対応。一般の方は話せばわかって頂ける。でも本職のクレーマーは話が通じない。異常なほど強烈。耐え切れずに退職。
・飲食店
ブラック企業。低賃金。病院以上に拘束時間が長く激務。さらにはアルバイトの管理まで。アルバイトの子は急に休む。休日出勤が多い。もちろんサービス。怖い方々のクレーム対応も。疲れているのに眠れなくなり退職。
・保健の営業
歩合制という名の低賃金。とにかく売れない。人間扱いされない。帰らせてもらえない。2か月も持たずに退職。
・エステ
長時間の激務。サービス残業。低賃金。パワハラ。クレームが強烈。トラウマに。病院以上に女の世界だった。
(コルセンはいまだに夢に出てくるくらいトラウマに)
看護師を辞めた感想
看護師は大変な仕事です。
でも一般職も同様に大変でした。
当時は簡単に考えて大失敗しました。
一般職は「低賃金」「拘束時間が長い」「お客さん対応が地獄」という3点に苦しみます。
どれか1つだけならまだしも、全てに苦しみました。
しかも看護師のように「手に職」ではありません。
使い捨ての捨て駒です。
人間関係は病棟以上に悪かったりもします。
労働環境の酷さは、人の心まで変えてしまうのか…、と思ったほどです(^^;)
未経験でも入れる職場は、スタッフの質も良くありません。
常識が通じない方も沢山いました…w
そうした方々が集まると職場崩壊するほどモラルが低下して、商品を盗んだり、売上を抜いたり、出勤してないのにタイムカードだけ押してもらったり、犯罪が横行するやりたい放題の職場もありました。
でもそういった職場ほど、ハローワークに行けば求人が沢山あり、内定も出やすいのです。
飲食、営業、エステ、運送、介護など、求人はブラックと呼ばれる業界に集中していました。
やはり待遇が悪い業界ほど、人の回転も速く、求人が多いようです。
しかし採用されるのは、若いうちだけです。
30代になると求人が一気に減り、40代になると正社員はほぼ不可能だそうです。
看護師なら40代、50代でも仕事はそれなりにあるのですが…。
看護師の資格を捨てれば、社会的な弱者。
それをトコトン思い知らされました。
(当時住んでいた市営団地。半数が外国人。犬の鳴き声が1日中うるさかった。エレベーターホールで宴会をする若者もいた。自転車はすぐ盗まれるため買えなかった。治安は最悪。家賃は1万2千円)
看護師に復職した感想
私はまた看護師として働いています。
最初は非常勤で透析クリニック(社会人の方向け)で夜勤専従をしました。
慣れてからは、派遣で単発バイトも経験しました。
単発は、修学旅行などの添乗・保育園・老人ホーム・訪問入浴・イベント救護待機・クリニックなど様々です。
毎回初めての職場のため、とても緊張したのを覚えています。
でも1つの職場をやり遂げるたびに、自分の看護スキルが上がる実感もありました。
その後、ほどなくして回復期病棟に転職。
今も正社員として働いています。
生活は以前と比べてかなり楽なりました。
経済的にも時間的にも精神的にも。
特に今の病院は、シフトをある程度融通してもらえるため、自分のペースで勤務でき、予想以上にストレスなく働けています。
有休もしっかり貰え、私生活もそれなりに充実しています。
でも一番は、同僚とうまくやれているのが大きいと思います。
仕事上の悩みはありますが、人の関係が良ければ、なんとでもなるものです。
仕事において最も重要なのは人間関係なんだな、とこの年になりようやく悟りました。
もちろん新卒の頃の苦労も、今に繋がっていると感じています。
あの5年間で沢山の壁にぶつかり、学習し、乗り越えてきた経験があったからこそ、今を楽しめているのだなと。
(最近の楽しみは水族館。こんなに小さくても普通に生きている)
派遣の感想
私は派遣時代、10以上の病院を見てきました。
そこで学んだのは「職場の良し悪しは入ってみなければ分からない」ということです。
事前の面談で良さそうな病院だと思っても、働き始めてみると「人の入れ替わりが激しい劣悪な環境だった」というのはよくあることでした。
「派遣で病院を見てから転職する」というナースの方もいました。
でもそれは例外的なケースのようです。
派遣から正社員になるには、多額の金銭を派遣会社に払わなければいけません。
もちろん病院側の負担なのですが、人手不足である看護師は相場が高く100万円を超えることもあるそうです(違約金も含めて)
ならば「病院側と話を合わせてコッソリと入職したら?」と思うのですが、それもNGだそうで。
派遣会社は横のつながりもあるため「あの病院は看護師を引き抜く」といった話はすぐに出回ります。
病院側としては、それがバレると看護師を派遣してもらえなくなるため、かなり慎重なようです。
という経緯もあり私は「看護roo!」という転職サイトを利用して転職先を探しました。
この転職サイトはアドバイザーの方が病院の内情を現役ナースから聞き出してくれます。
これはとても参考になる情報です。
これだけでも利用する価値があります。
正直、最初は全く期待してなかったのですが「パワハラ師長がいる」「サビ残が多い」「看護師不足でシフトがメチャクチャ」と事前に分かるのは大変ありがたかったです。
それに求人は、ハローワークやネットと全然違います。
あれは売れ残りだったのだと分かりました。
非公開のクローズ求人は、条件が良かったです。
何より表に出ないホワイト病院の求人がいくつもありました。
こうした転職サイトを毛嫌いする人は多いですが、看護師が転職するには必須だと感じました。
転職を考えている方は一度登録してみてはどうでしょうか。
その良さが分かるかと思います。
例えば「看護roo!」は、若い看護師(20代~30代)のサポートに力を入れているそうです。
実際私は歓迎して頂き、大変良くしてもらいました。
若手の方々にお勧めです。
(お世話になったアドバイザーの山川さん。とても丁寧に対応してもらった)
転職を迷っている方へ
日本には「転職は悪」と考える風習があります。
組織に忠誠を誓い、一ヵ所で耐え抜くのが美徳とされています。
でも今の日本は、転職推奨が多数派になりました。
私もその一人です。
自分に合わない職場で働き続けるのはデメリットしかありません。
成長が遅くなり、心身共に病み、不幸になり、貴重な時間がムダになります。
転職は、人生を変えるきっかけです。
多くの人が人生を変えています。
特に人間関係は完全にリセットできます。
苦しんだ方ほど、人の痛みが分かります。
次の職場ではうまくやれる可能性が高いです。
こんな私でも、平穏に働けていますから。
最後となりますが。
あなたが幸せな看護師になれるよう心から願っております。
それでは。
m(__)m